「どっちが正しい」ではなくて「どっちを選ぶか」

「どっちが正しい」ではなくて「どっちを選ぶか」

すぐに結論を出したがる、というのが最近の傾向なのか、そもそも人はそういうものなのか分からないけど、「これが正しい、あれは間違い」と断言してしまいたい気持ちは誰にでもあるのではないでしょうか。

考え方の違う二者がいた時に、どっちが正しくてどっちが間違っているのか、というジャッジをすぐに下したくなってしまう。だから、派閥争いのようなものが生まれてしまうのでしょう。
そして、そういう争いはだいたい不毛なものです。

たとえば、ジャーヌシルシャーサナというポーズの、曲げた方の股関節は内旋なのか、外旋なのか。
文献によっても違う事が書いてあるし、先生によっても、また、その日にやりたい動きによっても指導が変わります。
どっちが正しいという事ではなく、どちらも違う作用をするということ。それだけです。

身体というのは、本当に複雑な仕組みで成り立っているものですし、個人差も大きいので、二者択一はそもそもやりにくく、誰にでも通用する「真実」というのは、実はほとんどないのではないでしょうか。
「睡眠時間は何時間が適切なのか」「朝食は抜いた方がいいのか、とった方がいいのか」などの問いには、誰にでも通じる絶対的な正解というのは存在しません。

人それぞれですし、その時の体調によっても大きく違ってきます。正しい正しくないではなく、その時、自分でどれを選択するのか、ということ。それが大切。
そして、私がヨガが好きな理由の一つは、ヨガはそういう判断を自分でするための知恵を与えてくれるから。
ヨガをやっていく上で、どんなものにでも応用の効く呼吸方法や、身体の調節方法が分かってくるし、
判断に迷った時には自分で試してみて、判断する。そのための身体の感受性を高めてくれているのもヨガです。

ジャッジするんじゃなくて、どっちも正しいことを理解した上で、どっちを選ぶのか。
そういう視点を持っていたいものです。

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