”恨み”の晴らし方

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生きている以上、どうしても人を憎んだり、恨んでしまうことはあります。

私にもあります。
相手のために心血を注いでやってきたことを愚弄されたり、
人格否定の罵詈雑言を浴びせられたり、そんな日々をおよそ半年弱、耐えました。

きっと、もっとつらい状況でも何年も耐えている人は世の中に沢山いるのでしょうが、
私には半年弱でも苦痛で、未だにその時のことを思い出すと、ざわざわする気持ちが蘇ってきます。
こちらがいくら冷静であろうとしても、感情的になった相手からの個人攻撃を受け続けるとどうしてもダメージが大きく、なかなかつらいものがありました。

そういう時、「相手を許しましょう」というのが大人の意見かと思いますが・・・
まあ、無理ですよね~。

個人的な感覚ですが、
「怒り」は日常にあふれていても、すぐに燃やしてエネルギーにできるように感じています。なので、なるべくすぐに燃やし尽くすようにしています。
(燃えカスがあると、翌朝のカポターサナやバックベンドが固いです。背骨がカチコチになるかんじ。でもたいてい、2時間弱の朝練習で燃え尽きます。)

ただ、「恨み」は気持ち悪い。
抑圧されたエネルギーがマグマのようにふつふつと沸き上がってきて、被害者意識が芽生え、どんどん育っていきます。黒い感情の底なし沼に飲まれていくようです。

さて、そんな「恨み」を持ってしまったらどうするか。

私がたどり着いた答えは、「恨みを手放せなさなくてもいいよ」と、恨みを持っている自分を許すことでした。
あ、もちろん相手は許しません♪ ふふ(笑)

そして、「恨みを手放したくなったら、好きなタイミングで手放していいよ」と、
いつでもそれを手放すことを許してあげること。
「許す気なかったけど、忘れてたわ~」ってのはありってこと。

あと、ヨガをやるようになって、よくも悪くも自分に嘘がつけなくなったので、
そういう相手とはとっとと縁をきります。すっきりさっぱり!

そして、新しく恨みを持たないために大切なのは、
「誰かのために尽くさないこと」だなぁとつくづく思います。

時間も労力も、持っているものは自分のために使うこと。
意識していないと、つい人の期待に応えようとしてしまいますが、
そこは意識して軌道修正していかないといけません。

これは本当に大事だなぁと感じています。
「自分のため」と言うのは、たんに好き勝手というのでもありません。
好き勝手が過ぎると、欲望の奴隷になってしまって、それは「貪る」事になってしまいます。

そうではなく、自分が真に幸せであるため、ということ。
ここのバランスをとるのって、とっても難しいですね。
でも、それが面白いところ。

明日はムーンデーでアシュタンガヨガの練習はお休みですが、
お家でちょろっと練習したい気分。
日々湧いてくる色んな感情を観察して、手放していくためにも、やっぱり練習は良いものです。

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