Jan 25, 2011

身の振り方、不明瞭


この年になっても、まだこんなことで悩んでいるとは思ってもいなかった。

すごく何かつかめた気がして、
周りの反応も上々。
「いい女になったじゃん」とか言われて
気分も良くて、そうか、オトナになったんだ!と思っても
一週間で元通り。スタート地点に巻き戻されてるのに気づく。
去年からこの繰り返しだった。
人に優しくしたいと思ってもうまくいかず、
人に嫌われてもまあいいか、と思っても
数時間後には寂しくなる。
そうなってから誰かに優しくされたくなっても
もう遅い。
人は、自分にとって優しい物に惹かれていく。
優しくしてくれる人、優しい本や音楽。
ちなみに、優しさには居心地の良さ、という要素も入っている。

どういうことかと言うと、
感じの悪いカップルの例が分かりやすいと思う。

例えば金曜の終電で、混んでいる京王線
「あの人の傘があたるんだけど(・へ・) メイワク〜」というようなことを
言っている女の子がいたら、たいてい横には彼氏らしき男がいて、
「わーまじでー最悪ー」みたいに同調する。

ちょっと前までは、好きな人のすることだったら
何でも同調しちゃうんだろうな、と軽く流していたが、
どうやらそうじゃないのでは、と思ってきた。

ふたりとも、性格の悪い部分が似ているのだ。
もし友達やあまり知らない人といるときだったら
理性で抑えるような本心からの言葉を、
安心して発せられる場所が、彼氏の隣なのだ。

つまり、彼女にとっては、彼氏の性格の悪さが「優しさ」なのだ。
そうすると、「モテる人」を見る目が変わってくる。

モテる人=多くの人に好かれる人=多くの人が求める「優しさ」を持っている人

こう考えると、モテる=勝ち、モテない=死ね という単純な構図ではなく、
もっと複雑に捉えられるようになります。

モテる人はたしかに素晴らしい能力を持っていると思うけど、
多くの人の心のなかの
「彼氏枠」「彼女枠」もしくは、
「かわいい後輩枠」「すてきな先輩枠」等々にハマっている、という意味では
没個性的でつまらないかもしれない。もしかしたら、ね。

そう考えると、モテる人を闇雲にうらやましがったり僻んだりするのはお門違いだし、
モテない事を蔑んだり卑下する必要もない。
なんだか話が「モテ」に行ってしまったが、
これは恋愛に限ったことではない。

あの子とちょっと話したいな
あの子がブログやってるなら読んでみたいな
あの子をランチでも誘ってみようかな

というような、好意、好感レベルのお話です。
さて、私個人の話に戻してみると、
残念ながら、全く優しさを持ち合わせていません。

そこは中学生くらいから意識していて、
毎年4月の年度始めに、ニコヤカに、柔らかく、人と接しようと試みては、
夏くらいでイライラしだして、
秋からは誰ともしゃべらずにストイックに勉強と音楽と演劇に没頭する。
冬には周りに誰もいません。

この繰り返しでした。

さすがに中学生の時よりは尖っていないし
人にある程度合わせることもできるので、
そこまで深刻に悩んでいるわけでもありませんが、
20代後半、と呼ばれる年齢があと二ヶ月後から始まると考えると、
ここらで、どういう方向性でやっていきたいのか選ばないとなんて思うのです。

◆ニコヤカに、柔らかく、モテを追求するか?
→◎社会生活が送りやすくなる
→?没個性的な人間になるし、モテの世界の戦いを勝ち抜く体力がない、ウツになる

◆ストイックに掘り下げ続けるか?
→◎なんか楽しそう、抑圧によるストレスはない
→?ハンパなく人に嫌われる、成功出来なかったらただのキチガイ

まあなるようになるさ、決めたところでそのとおりには行かないし。
と言ってるうちに中途半端なまま年をとってしまう気がするので、
どうにかして流れを変えたいなぁと思うのです。

この中途半端さをどうにかしなければ、です。
非モテな自分が結構好きなので、モテと逆方向にどっぷり行ってしまうかもしれませんなぁ。

しかし、こうやって選ぼうなんてしちゃってる時点で
つくづくわたしゃダメ人間だなぁと思います。
天才だったら選ぶまでもなく、勝手に選ばれちゃってるものだろうに。 

Posted in 日記No Comments » 

関連記事

Comment





Comment