Feb 8, 2011

あなたの正義は、私への暴力です


なんて、言いたいんですよ。

「正義」を振りかざすあなたには届かないかもしれないけれど、あなたの言う「正しいこと」は、ただの偏見。子供たちが教室でやるイジメと同じレベルです。イジメをする子供達だって、自分たちは正しいと思っているものですよ。「正義」「正しいこと」っていうのは、それくらい危なっかしくて、利己的な発想なんですよ。「子供のため」だなんて言っても、それって単にあなたの意見に人が口を挟めないように押し切っているだけですよね。「正しいこと」を盲目的に信じているあなたはまったく思考停止しています。あなたの主張を通すことで、どういう影響がでるのか、一度でも想像したことがありますか?

「最近の若者はまったく、、」なんて、架空の敵をでっちあげて文句を言う人は後をたたないけれど、私の中の架空の敵はこういう人。自分のやってることは正しい、と信じて疑わず、思考停止のまま「正義」を振りかざす人たち。そう、これは架空。だけれど、PTAの保護者や教育に燃えるちょっとズレた先生の中に、また百貨店でのアルバイト時代のクレーマー各位の中に、こいつらが顔を出すことはありました。なんどもなんども。そう。きっとあたしの中にもいるかもしれない。

こうした怒りを感じるってこと。それ自体が”サブカルチャー”なんじゃないかな、と最近思うところがあって、サブカルチャーをめぐる出来事を振り返ってみたいと思います。

今月に入って、サブカルチャーが好きって人達がちょっぴり焦る感じのニュースが二つありました。
一つ目は、西武渋谷店「サブカル展」がクレームにより、開催中に突如中止となったこと。

東京の「西武百貨店渋谷店」のサブカルチャー展が開催途中で突然中止になった。フィギュアや絵画、イラスト、写真、ファッションなどのアート作品が展示されていたが、来場者から「百貨店らしくない催事だ」とのクレームが入ったからだという。

この展示会を見た人達の中にはネットで「問題になるような作品は見当たらなかった」と首を傾げる人も多く、また、出品者の中には「悲しくなり、怒りを覚えた」とブログに書いている人もいる。

(JCASTニュース 西武渋谷店「サブカル展」中止 「何が問題なのか」ネットで論議)

 

この展示には行っていないのでなんとも言えないですが、「不快だ」「百貨店らしくない」という苦情が数名から出たことで、該当の作品の展示のみ外そうかという意見もあったようですが、キュレーターの方が完全な形でないのなら、と中止を決意したようです。渋谷という立地もあり、サブカル文化を百貨店に、という挑戦をしたわけですが、大変分かりやすい、「らしい」っちゃ「らしい」かんじの幕切れとなったようです。
二つ目は、ヴィレッジヴァンガードでアダルト・アングラ商品がなくなる、というつぶやきが、各店舗のtwitterでつぶやかれたということ。

ヴィレッジヴァンガードから、エロ・アングラ系グッズ・書籍・マンガ類が撤去される方針になった、ということを、長崎のヴィレッジヴァンガードココウォーク店である@vvcocoがツイートしています。(中略)

雑多で猥雑な雰囲気も含めてのヴィレッジヴァンガードだと思っていますが、確かにショッピングモールに入店しているのを見かけることも増え、そうなると子供の手が容易に届くところにそれらが置かれることになり、クレームに繋がったようです。

(NETAFULL ヴィレッジヴァンガードからエロ・アングラ系グッズ・書籍・マンガ類が撤去へ)

ヴィレヴァンがサブカルか?というと個人的には「否!否!三たび否!※1」と叫びたいくらいですが、それはさておき、開店当初の下北沢ヴィレヴァンは間違いなくサブカルだったと聞いています。いまや駅ビルにも入っている雑貨屋さんとしては、当初のサブカルっぽさではなく、大衆に受け入れられる方が利益が大きい、というお話なんですが、サブカルっぽいものもあまり存在しない地方では、ヴィレヴァンを居場所としている中高生なんかがいるとかいないとか…。着目するのは、これもクレームが発端となっている、というところですね。
百貨店やショッピングモールでサブカルが受け入れられないのなんて当然だし、冷笑はするけれどもそんなに気にするものでもないよな、というのがフラットな状態での私の意見だと思うんだけど、今回のこの二つは、何故か引っかかってしまった。

なぜか、と考えたときに、うっすらと、こんな顔が浮かびました。

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…の、原作者、都知事の石原慎太郎です。

2010年の2月に一度改定案が出されて否決されるも、さらに「改正」された内容で再び11月に案が出され、12月に可決にいたってしまった、あれです。

東京都青少年の健全な育成に関する条例です。

Wikipediaに大変わかり易くまとまっているので詳細は省きますが、この時感じたのは、個人の好みによる偏見や差別(と受け取られかねないもの)が、公の場でまかり通るんだよ、ってことへの驚きでした。ああ、そっか。それって、起こり得ることだったんだね、って目が覚めたようです。

子供を対象にしたエロを子供に見せないようにしましょってのは、特に間違ってもないと思うんですが、わざわざ明記してまで「実写や小説は規制対象にしない」ってしてるとこに、?と思ってしまうってのはあって。まあ、とはいってもネット上の過剰反応とか、石原dis祭りとかにもどうよ、って冷めてるので、そういうことがしたいのでもなくて。

ただ、この件があったことをきっかけに、クレームによって失われる物について意識的に考えるようになりました。これは幅広く、いろんなモノに当てはまる。

また、サブカルについてよく考える様にもなりました。
メインカルチャーなんてもう有ってないようなもんなんじゃないか、と思っていて、だとするともうサブカルとかいうくくりも死語だったり?なんて考えていたのですが、サブカル、健在のようです。

嫌われて、弾圧されてこそのサブカル。
もう許されちゃってる、受け入れられちゃってる、どうしよう。。。なんておどおどしてたんですが、とりあえず、大丈夫。全然受け入れられてないよ!ってのがよーくわかりました。



※1「否!否!三たび否!」…最近はまっている激アツ散文「ツァラトゥストラはかく語りき」(ニーチェ著/氷上英廣訳,岩波書店)によく出てくるフレーズ。新訳よりぜったい岩波のこれが面白いと思う!

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