Feb 16, 2011

『八日目の蝉』角田光代


「母」の愛情に泣いた…。客観的に見たらどうしようもなく馬鹿馬鹿しいんだけど、なぜか止まらない。理性じゃ割り切れない、必死でまっすぐな愛情。

八日目の蝉 (中公文庫)八日目の蝉 (中公文庫)
著者:角田 光代
中央公論新社(2011-01-22)
販売元:Amazon.co.jp

NHKでドラマになったこともあるみたい。
4月に映画も公開になるようです。
映画版「八日目の蝉」オフィシャルページ

ランチ行くお金が無いから会社の休憩室でお昼を食べるんだけど、そうするとだいたい主婦軍団がいて、子供がこんなこと言った、あんな事言った、って話を甲高い声で話して、ところどころ「うふふ」ってひらがなみたいな笑い声が響いてて、ど迫力。その場の空気が全部彼女らのものになってて、すごく、自分がここにいちゃいけないような、得体のしれない気味の悪さを感じるんだけど、その感じをめいっぱい味わうにはこちらの作品をおすすめします!…なんていうとほんとに怒られそうだな。

一応女子として小中高校を過ごして大学を出て会社員になり、その間に恋愛したりする。そこまでは経験してきたから分かる。でも、「結婚」ってなるとちょっと遠ざかって、「なんかよく分かんないけど皆するよね。」てなる。中学生位の時、私は恋愛にあんま興味なかったんだけど、クラスに何人かは彼氏のいる子がいて、「へぇ!」って感じ、それと似ている。はー、やっぱいるんだねぇ、って。まあでも、遠いけれどもまだ、知れている範囲に思える。

ただ、母親になる、というと全然話が違う。もう、宇宙。何それ分かんない。生死にかかわる問題だ。実質的にもそうなんだけど、自意識の生死でゆうと、ほんとにすごい。自分が、とか言えないでしょう。今自分だ、と信じてる自分なんて、どうでもよくなりそうで。社会的にも、内面的にも、違う人間になるんじゃないかと。それくらいすっごいこと。産む、という行為自体がもうすごいんだけど、その先にある育児、ってのがもっと怖い。

この作品は、赤ちゃんとの出会いから始まる。とはいっても、出産ではない。不倫相手、秋山の子供を堕胎した愛人、希和子が、秋山の自宅に忍びこんで、彼等の赤ちゃんに会う。そして、衝動的に(というと軽すぎるな、もっと、必要にかられて)その赤ちゃんを連れ出す。そこから、4年にわたる逃亡劇が始まる。

一章は、希和子の一人称で語られる逃亡劇。これが、ただただ気持ち悪い。気持ち悪さと、赤ちゃんの匂いと手触りに満ちている。たとえば、おむつを変えることひとつとっても、手順がある。その手順を、ひとつひとつ、丁寧に、慈愛に満ちて、やる。不倫相手の「離婚するから」「ちゃんと君と結婚したいから」などという言葉を信じて、しょうもない関係を続けてしまったトロい希和子だから、一人称だとほんとイライラする。現実感がなさすぎて、ふわふわしている。でも、ここがすごいんだけど、子供のことになると、はっきりとした「強さ」が垣間見える。ふわふわしてんなぁ、と思ったら、急にスッと地に足ついて毅然と立つ。これは、「母親」だからなのか、それとも「何か大きな力」に守られているからなのか?それは分からない。

しかし、いかんせん気持ち悪いこの一章。もう勘弁してよ、と思っていたら、いきなりすこんとやられた。ある、重要なシーンで、一人称の語り手が劇的に変わるんだけど、ここ。すごい。かっこいい。

二章は、事件から21年後。誘拐された子供が、大学生になっている。この、恵里菜の一人称で語られる、事件後の家族の話、そして恵里菜の恋?の話。事件のあとの本当の母親のヒステリックな言動や、父親の無力さ、マスコミや周囲の人達の様子なんかが、すごく生々しく描かれているんだけど、語り手はすごく冷静。「当時、マスコミはこう書いた」ってのがいくつも出てきて、希和子を悪者として書いた記事もあれば、逆に秋山夫妻が悪いように書いた記事もあった、というように、わざわざ逆の立場で書いた記事に両方触れることで、中立を保っている。冷静に、冷静に過去と向きあう恵里菜が、ある大切な決断をする。事件に終わりなんてないんだけど、恵里菜ならきっと一区切り付けることができるはず。そう思わせてくれる。

そして、一章の終わりでの劇的な場面と同じ時のことが、また違う角度から描かれる。その時、希和子が発した言葉で、思わず涙がこぼれた。すっごく馬鹿馬鹿しいことなんだけど、そう、それが母親ってもんなんじゃあなかろうか、っていう場面。これはねぇ、すごいよ。子供を産み、育てた女からしか絶対に出てこないんじゃないか、っていう言葉が、希和子から発せられる。

母親、とはなんだろうか。「お腹を痛めて」産んだら母親?それだけじゃ、きっとない。希和子も、母親であるのだ。

また、誘拐していなかったら赤ちゃんは死んでいたかもしれない、という事も描かれている。いや、でも死んだかもしれない事件自体、希和子が原因である可能性もゼロではない。 果たして希和子は赤ちゃんを破滅させたのか、救ったのか?それは最後までわからないし、分からないままでいいと思う。 

と、長々と書いてしまいましたが、この本、本当にワクワクして一気に読みました。会社員であれば、1昼休み+スキマ時間 で読みきれます。角田光代さんは、読者を乗せるのがとっても上手だと思う。「はーー!ほーーー!」って言ってる間にいい具合に読み切らせてくれます。

ちなみに、映画版の予告だけを観ましたが、やはり内容が結構単純化されていそうです。もっと、簡単にわりきれない「気持ち悪さ」みたいなものは、やはり原作からしか嗅ぎとることが出来ないと思うので、ぜひ、ご一読されることをおすすめします。 

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