Mar 5, 2011

『白いリボン』@下高井戸シネマ


厳格に絞めつけられ、従順に従う人々の中で、静かに生まれて積み重ねられていく悪意…。

下高井戸シネマの近くに住んでる、ってのを自慢しまくっている割に、すっかりご無沙汰。久しぶりに行ってまいりました! 

見たのはこれ↓

白いリボン

第一次世界大戦前夜。
北ドイツの小さな村を、数々の奇妙な事故が襲う。
やがて連なる“罰”の儀式…疑心暗鬼の村人たち、そして苦しむ子供たち。この村に一体何が起こっているのか?

 白黒だけれど制作は2009年。日本では去年の12月くらい?に上映されてたみたいです。全然気づかなかった…!
『ピアニスト』なんかで有名な、ミヒャエル・ハネケ監督の作品です。ピアニストも未見なので、この監督の作品を見たのは初めてでした。監督は映画批評家として働いたこともあるようなので、難解な映画なんじゃないかとちょっと身構えてゆきました。あと、「すでに古典」っていう評がツボすぎて気になってた。映画の評判を表すために「今年一番の傑作!」みたいなのが色いろあるとおもうんだけど、「すでに古典」って!褒めているのか微妙、という。

ってなわけで観てきたんだけど、予想以上に面白かった!「面白かった」って単純に済ませることを躊躇する映画かもしれなけど、あえて言おう。面白かった。ドクターの非道過ぎる発言に思わず苦笑したり、恋愛模様に目をそらしたいような気恥ずかしさを感じたり。あえて白黒で、音楽もほとんどなく、地味な映像だけれど、豊かな感情を感じさせる映画。

ごく普通の、プロテスタントの農村。

そこに、事件が起こる。 
次から次へと起こる。

とはいっても、映画の題材になるような派手な事件ではない。人が死ぬのは、事件か事故かはっきりと分からないようなところくらいで、あとは、重症を追うことがあるものの、死にはしない。

でも、すごく怖い。

事件が、というよりは、事件を引き起こしうる悪意が生まれ、膨れ上がるすべての場面が怖い。厳格な神父の娘と息子が、家に帰らなかったことを怒られて夕飯を抜かれる。その時の親の説教、怯える子供の目。そして『明日の同じ時間、お前たちをムチで10回ずつ打つ。それまでに反省しなさい』という予告※。翌日。子どもが部屋から呼ばれ、居間に入る。そして、一度出てきて、部屋にムチを取りに行って、また居間に戻る。閉じた居間のドアの向こうから、父親の声がかすかに聞こえ、そして、ムチの音と子供の悲鳴が聞こえる。
この一連の場面、緊張した。

この視点は、子供の頃を思わせる。親の言う事を聞かざるを得なかった子供時代。決して怒られたくはないのに、どうしても怒られてしまう日がある。そんな時の夕食のまずさ、許されるまでの緊張感。わたしの人生の中では、そんな抑圧感を感じたのは、子供の時の一瞬だけだったけれど、この映画にはあらゆるところに抑圧がある。親が、子供を抑圧する。男が、女を抑圧する。男爵が、村の人々を抑圧する。男爵に復讐をしようと企む若者は、そんなことをしたら生きていられないと、厳しく父に怒られる。若者は「キャベツ畑切り刻み事件」である程度ガス抜きができたからまだましな方だけれど、発散されない悪意が、眼に見えない形で、でも確実に村の中に充満してゆく…。一連の事件の犯人は、作品の中では描かれない。キャベツ畑切り刻み事件以外は、誰がどういう目的で起こしたのか分からない。だからこそ、いつ事件が起こるのか、何食わぬ顔で生活している人の中の悪意が、どれだけ積もっているのか、眼に見えないそれがものすごく怖い。

不穏な空気はどんどん膨れ上がってゆき、やがて、大公夫妻が暗殺された、というニュースに「胸を踊らせて」村民全員が教会に集合する。それまでの教会のシーンであれば、村民と神父、村民と男爵が向かい合う形で権威の話を聞く、という作りだったのが、ここでは、全員が、前を向いて座っている。座っている大人たちの上で、子供たちが合唱する。

積もり積もった悪意が、ある一方を向いて、そこでこの映画は終わる。

このラストシーン、すばらしかった。

どうして日本で公開になったときに気づかなかったのか?って思うくらいの名作で、それでもギリギリ気づかせてくれた下高井戸シネマやっぱ好きだぜ!っていう思いも込めて、お近くの方はぜひ観に行かれるといいと思います。こういう、一見地味で、映画館で没入するからこそ良さが分かるという作品こそ、劇場で見るべきだと思うので、ぜひとも。

※当時のヨーロッパでは、親が躾のために子供を鞭で打つのは普通のことだったようです

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