次の世代につなぐこと

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両親が私にしてくれたこと。

たくさんありますが、今の私に一番影響をあたえているのが、横浜に出てきてくれて、
そこで子育てをやりきってくれたことだと思っています。

わたしの両親は、九州の田舎の出身です。

母親の生まれ育ったところは、福岡県内ではあるけれども中心部からバスで1時間ほどいったところです。家の周りには田んぼしかなく、最寄りの駅までは車で15分ほど。駅前の商店街もシャッターだらけで、ほとんど何もありません。閉塞的な人間関係のなかでは、女子が大学に行く、という発想もありませんでしたし、進学できるような資金も家には無かっただろうと思います。そんななか、自分で奨学金の制度を調べ、両親に説明し、必死で勉強をして国公立大学に上位の成績で入り、福岡の中心に出て一人暮らしを始めました。

そこで、同じように大分の山奥から福岡に出てきていた父親と出会い、家族環境の悩みだとか、田舎から出てきた苦労だとかで分かり合えるところがあったのでしょう。結婚をし、紆余曲折を経て横浜市に引っ越してきました。

東京以外の人にしてみれば「都会」といえるところで、わたしは育ちました。

たくさんの演劇や映画を観たり、あらゆる本が手に入る都会にいることで、文化に触れる機会もたくさんありますし、楽器を習ったり、演劇をつくったりすることも自然なことでした。白い目でみられることもなく、同じように幅広い文化に触れている同じ世代の人達や、大人たちが好意的に受け入れてくれる環境にあったため、のびのびとやりたいことに挑戦することがいくらでもできました。
才能があるわけでもなく、ただ感性だけで生きてきたわたしのことなので、「都会」でなければそういったことは何も出来なかったかもしれません。

また、孤独だったこともわたしを強くしてくれました。周囲に友達や親戚がいるわけでもなく出てきた両親なので、私も早いうちから孤独であることについて敏感でした。田舎に行くと驚くのですが、地域のコミュニティというのは当たり前のようにあるもののようです。しかし、私たち一家は根無し草。どこに行っても仮住まい。どうにか根を張ろう、という根性がなければやっていけないという感覚がありました。そうした感覚のなかで、自分を強く保つことについて意識することができました。

あの学校に行きたいから自律して勉強をする、睡眠を削ってでもやりたいことをやる。そうした日々を繰り返すことで、進学、就職と、人並みの道を歩むことができているように思います。

九州のはずれから横浜へ、という移動は、場所が変わるというだけに収まらない大きな変化を産み、わたしもその影響をめいっぱい受けて育ちました。
最近、両親がわたしに与えてくれたように、私自身が次の世代につなぐためになにができるだろう、ということをよく考えます。

東京で結婚して子供を産み、育てる、ということもひとつの選択肢です。しかし、平均的な女性に比べて、ちょっとその方向ではわたしは不利なようですし、もしそれが可能だったとしても、それだけでは両親のしてくれたことに対して小さいように思います。ビジネスで成功するということも、ある程度はもちろんやるつもりですが、それだけで子供たちのためにいいものを残せるかというとちょっと素質が足りないように思います。

すぐに形にできなくても、今の感覚を文字にして伝えるということ。わたしには感覚しかないので、まずはそれを続けることが大切だとは思っています。出来ることは全部やりながら、これだ、というものを見極めたいなと思います。

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