ブスの生き様

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“生まれ変わったらブスになりたい 明るくて面白くて誰からも愛される素敵なブスに”

東村アキコ主に泣いてます』の一ページ目の台詞です。美しすぎるがために不幸な女性が主人公のギャグ漫画で、冒頭のこの衝撃的な台詞は、主人公の独白です。

世の中の女性は、だいたい三つに分かれます。

美人と、ちょっと美人と、普通の子です。

しかし、皆に見て見ぬ振りをされている、隠れた女性たちがいます。

「女性」という枠をも超越した生き物たちが。

それが、ブスです。

「不細工な人って、なんで生きてんの?」「世の中のためにならないんだから、消えればいいのに」幼い頃からそんな言葉を投げかけられながら育ち、大人になった今、なるべく人目に触れないように、ひっそりと生きています。

子供の頃にはみんな好奇心が強いので、素直にひどいことも直接言ってきますし、ブス側もそれに反応してしまうので目立ってしまいます。そんなときに親や教師によく言われるのが、「大人になって化粧すれば大丈夫だよ」という言葉です。そうか、じゃあ大人になったらがんばろう、と素直に信じてしまうと、高校生くらいで化粧を覚えて愕然とします。

「あ、だまされた」と。

化粧をすると、もともとブスでない子はかわいくなりますが、ブスはかわりません。ひどい場合は、むしろ悪化します。うまい下手の問題ではないことは、成人式などでプロにメイクをしてもらったことのあるブスなら確認ずみのことでしょう。また「整形すれば?」もよく言われますが、メイクすれば大丈夫、という言葉を信じたばっかりに裏切られた経験があるため、整形したら大丈夫、という言葉を信じることなどできるはずもありません。

試行錯誤の結果挫折をしたブスが最終的に選ぶのは、「なるべく目立たない」という生き方です。どうにかして空気になるすべを身につけていけば、うまいこと透明人間のように生息することができます。なぜかかわいい子の多い名前のために「ブスな方」「かわいくない方」と呼ばれてきた私も、最近では平穏な空気生活を送ることができています。と同時に、ブスという生き方がなかなか面白いな、と思えるようになってきました。

男性は「非モテ」だとか「ブサメン」であるということを明言することをおもしろがっている風があり、そういった価値観が一般に認知されているようにみえます。しかし、女性のブスはなかなかそうもいきません。男性ならば不細工を売りにした人気芸人だっていますが、女性の芸人さんはみんなきれいです。ブスであるということは、あまりにも痛々しくて笑いにはならないのでしょう。必要以上に同情されるか、見て見ぬ振りをされるだけです。

今日はなんだかパンクな気分なので、そんなタブーな領域に、おもいきり触れていこうと思います。

ブスも捨てたもんじゃないぞ、ブス万歳、という話題です。

ブスだというと、なんだか悪いイメージばかり持たれそうですが、実はそんなこともないんです。

ブスには、ブスにしかできない生き方があるのです。

■ブスはみんなの味方

安心感を与える、ということにかけては、美人よりもブスの方が優れています。

ブスは「競わない」「妬まない」「気にしない」の精神があるので、あまり人に敵意をもたれることが無いんです。

例えば美人が複数人いたとしましょう。そこには、何となく緊張感が走ります。たとえ本人たちに競う気がないとしても、どうしても比べてしまうものですよね。合コンなんかでも、美人は戦わなくてはいけないので大変そうです。その点、ブスは競う必要がないのでのほほんとしていられます。どんな場でも不戦敗、戦わずして負けているので、あえて競う必要なんかありません。

また、ブスは妬みません。周りの幸せを素直にココロから喜べるのは、ブスならではです。美人な子、普通にかわいい子が自分よりも幸せなのは当然というか、自分よりも幸せじゃなきゃ困る、というくらいのもんです。妬むくらいなら、人の幸せを自分のもののようにココロから喜んだ方が、よっぽどよいでしょう。

そして、年齢だとか、細かいことなんか気にしません。劣化を気にする必要なんてないですから年齢は特に気にならないし、お肌もどうでもいいので夜更かし大丈夫です。かわいい女子は、どういう理由か分かりませんが、飲み会から早めに抜ける傾向がありますが、ブスは最後までとことんいられます。

こうして気楽に生きていると、自然と和みオーラを発することが出来るので、周りに緊張を走らせるようなこともなく、だれとでものほほんといられます。時には美人が気を許して相談事をしてくれることもあります。もちろん全力で期待に応えます。これがブスのいいところです。

■ブスは哲学者

「不細工ってなんのために生きてるの?」という問いを早いうちから投げかけられることで、ブスは哲学者になります。かわいい子は、そこにいるだけで周りが華やかになったり、幸せな気分を与えられるので、ただそれだけで既に存在価値があります。じゃあ、私は何のためにここにいるのでしょうか。いくら勉強をしても自分より頭のいい美人がいるし、運動をがんばっても美人にはかないません。じゃあ、私は何のためにこの世にいるのでしょう。幼稚園や小学生のうちから、自己の存在に疑問を持つことができるのは、ブスならではです。

だから何だよ、って話ですが、のほほんとしてるだけじゃなくて、ちょっとの奥深さがあるのもブスのいいところです。

■ブスは楽しい

敵意をもたれることもなく、時には哲学的に自分の存在について考えたりする。なんて自由なんでしょう。美人競争に参加する必要もないため、モテ市場に踊らされることなく冷静に自分の好きなことをすることができます。楽しい。

まあそんなこんなで、ブスにもいいところはあるわけです。

と、ここまで書いておいてなんですが、そもそもブスって何なんでしょう。

どうも、顔の作りがおかしなひと、というだけではないようです。

ブスというのは4割くらいは先天的なもの、つまり顔、体型といった外見によるものですが、残りの6割は後天的なものではないでしょうか。やんちゃな男子が、かわいい女子につい言ってしまう「ぶーす☆」とは、明らかに違う意味での「ブス!!!」という言葉を浴び続けて育つこともその一つですが、多くは自らブスになろうとしている、というところがあるのではないでしょうか。自分で、「ブス」という自己イメージを持ってしまうことで、知らずにブスになろうとしてしまうのです。

じゃあ、どうしてそんな自己イメージを持つことが必要なのか。

ちょっと飽きてきたので、そこについてはまた改めて。

あとこれだけは書いておきたい、と思うのは、私は美人至上主義を否定するつもりもない、むしろ美人は大好きだ、ということです。イケメンは怖いけど美人は好きです。

「美人はすばらしい!」同感です。

「美人は馬鹿でもいい。がんばらなくていい。」ほんとにそう思います。

「会社も顔採用にすればいいのに」(クビになったら困るけど)一理あります。

例えば、美人にはぜひ結婚式をひらいてほしいです。最近やらない子も多いのでちょっとさみしいです。天変地異が起こって私が結婚するとして、仮に白無垢なんかを着たら、まちがいなくみんなを和やかな気持ちにさせる自信はあります。和みなら任せてください。でも、美人の結婚式ってのはほんとにいいもんなんですよ。こっちまで心底幸せな気分になるんです。美人がウエディングドレス着てるだけで、それだけでいいっす。もうどんなにお金がなくてもご祝儀なんて気になりません。

思うに、ブスというのはかつての「サブカルチャー」なのではないでしょうか。

メインカルチャーたるものが何なんだかよくわからなくなってる今は「サブカルチャー」なんて死語ですが、まあなんというかそういうことです。確固たる、「正常な」価値観というものがあって、そこに当てはまらない異質な物として「ブス」があるわけです。

そんでわたし、そういうはみ出したかんじの、雑草魂あふれるものが結構好きなんです。

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