Jun 12, 2012

その日のまえに


梅雨にやられていた夜に、ずっと見逃していた映画『その日のまえに』を見ました。

泣ける、とかいう生やさしいものじゃない。全力で泣き崩れました。

嗚咽!!容赦無い。

予告貼ってみたけど、あんまり意味ないと思う。予告からは全く想像のつかかない、ぶっ飛んだ世界が繰り広げられます。

大林宣彦映画はちゃんと観たことなかったけれど、監督本人はいつだかの、たぶん在学中の早稲田映画祭に来てて、話をききました。

正直、超越しすぎてて何言ってるのか分からなかったけれど、とにかく圧倒されました。寝ている時間がもったいないから毎日4時間しか寝ないとか、映画と出会った時のこととか、映画には映像と同じだけ真っ暗闇が入り込んでる、ということとか(映画には瞬きがある、という話だったかな?)。著書もあるので、読んでみたら少しは分かるかしら。監督の、映画について語るときの「幸せで仕方ない!」みたいな表情とか、少年みたいな綺麗な目とか、しばらく頭に張り付いて離れませんでした。圧倒、というか、もってかれてしまう感じでしょうか。全く分からないけれど、すごい、ということだけは間違いないと思いました。

生きること、死ぬこと、そんなことをこの角度から描くということが、もう超越している。

だけど、なぜだか、分かってしまうような。頭では全く分かっていないはずなのに、なぜだか、繋がってしまう。ああ、私は生きているんだ、というのを、実感しました。これがとってもかけがえのない体験でした。

思うに、普段人は自分が生きているか死んでいるかも分かっていないのではないでしょうか。

「このまま何も変わらずに一生が終わっていくんだろうな」という考えにとらわれて悲しくなることがよくあります。閉じた世界で、自分にしか分からないことで苦しんで、そのまま何も変わらず、誰にも理解されずにただ延々と時がすぎるのだろう、という感覚。こういう感覚になると死にたくなるけど、ちょっと違うかもしれない。こういう考えにとらわれるということは、自分をすでに死んだものとして扱ってしまっている、ということなんじゃないでしょうか。自分が何も手にしていないと思う時、どこにも進んでいないと不安になる時、それは、自分はもう死んでいるんだ、と確信する瞬間なんじゃないかと思うんです。

生きているというのは、時に軽薄なものです。

就職なんか出来ずに飢え死ぬかもしれない、と本気で悩んでいた私が、身に余るくらいのお給料をもらって楽しく仕事をしています。一生孤独だろう、と思っているあなただって、数年後にはそんなことはすっかり忘れて、旦那や奥さんの愚痴を言ってるかもしれないよ。生きているってのは、そういうことだろうと思います。否応なしに、変化していくということ。現時点で全く予測の付かないところに、自分の意志でコントロールできる範囲を越えて飛ばされていってしまうということ。

だから、自分で何もかもコントロールしようとしなくていいんだろうな。

否応なしに忘れていくし変わっていくということが、生きているということだ。

なんて考えたら、ちょっと頭がスッキリしました。

無理に歪めないで、自分と相談しながら少しずつ進めばいいかな。それでもきっと、予想外のことはたくさん起こる。だから生きてるって素晴らしい。

あとね、大林監督の最新作を見逃してしまいました。

これも、予告からは想像付かないような、ぶっ飛び映画なんだろうな。

川越まで観に行っちゃおうかな。

Posted in 観る2 Comments » 

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コメント2件

 minamaux_ sub | 2012.06.24 21:06

信じられない偶然があるものです。この記事を書いていた日、電話で話した友達もわたしも、普通じゃない精神状態だった。とにかく悲しくて、苦しかった。まわり皆が、ほんの少し沈んでた日だった。

 映画 2012年7月 | 2012.07.07 16:07

[…] これは絶対に見なければ!大林監督については以前の投稿でもちょっと触れているので、よろしければ。東京での公開が一度終わってしまったので悔しがっていたら、来週からアップリンクでやるらしい。時間がゆるせば川越か深谷まで観に行きたいところだけど、これは友達と相談。久しぶりに、人と観る映画です。楽しみ。 […]

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