2013年お正月休み、冷凍保存計画

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昨年の6月から今の会社に転職し、想像を超えた忙しさに意地になって対抗し、さらに平日が潰される分を取り戻そうと土日も遊びまくった結果、年末に倒れました。いろいろとうまく行かないこともあってやけになっていたせいでもあるのですが、いいオトナなのに情けなくて反省。

年末は寝込み、年越しは友達と旅行、その後神奈川の実家に帰って土日は家でゆっくりし、ようやく仕事の毒が抜け、忙しさに走り回るモードが解除されて自分自身を取り戻せたような気がします。

理想を描いてその人間になろうとしたり、「こうあらねばならない」という人物に自分を当てはめようするのではなく、「これが自分だ」と自然と思える状態が、一週間以上の休みを通してようやく戻ってきました。

しかし、不動の「わたくし」なんてものは幻想でしかないので、いま手に入れた「これが自分だ」という感覚は、また忙しい仕事にさらされてうろたえながらどうにかこなしていく日々の中でまた消えてしまうのでしょう。

そこで、今の理想的な状態である「わたくし」というものを、冷凍保存すべく、ここに記録しておこうと思います。忙しさにへこたれたときや、またぶっ倒れたとき、疲れすぎてどうしても眠れない夜なんかにこれを読めばこのお正月休みに手に入れたものが戻ってくるといいな。

言ってみれば「スマートじゃない書き初め」のようなものでしょうか。その一年の目標なんかを四字熟語に凝縮させて筆で書くのが書き初めだと思いますが、うじうじへっぽこOLの私には、膨大な文字数が必要なようです。

仕事・活動について

平日は終電を逃すのは当たり前、土日もどちらかは出社しないと消化しきれない仕事に追われる日々を半年ほど送ってみたところ、まあ、大変でした。

日々の生活の中で、私にはどうしても”何の役にも立たない空洞のような時間”が必要なようです。

すべてが駆け足で進む中、周りや、仕事で関わる人たちはみんな「仕事命」という感じで、持てる力をすべて仕事に費やしても悔いが無いようなのですが、どうしてもそうはなれませんでした。

仕事をとおして自己実現しようなんて思わない。ただ、自分の得意なことを通じて人の役に立って見合う対価をもらえればそれでいいのです。大して物欲もないので、そんなに報酬を多く求めたりもしません。生活ができるギリギリの分だけ、”お金のためだけにやる仕事”で稼げたらいいと、甘い考えかもしれませんが、思うのです。

ゆくゆくは、文章を書くことやコンテンツ作りを仕事にしていきたいし、特に意味の無い、誰も求めていない文章を書く活動ももっと充実させたい。そのためには、空洞のような時間が必要です。お金になるのかどうか分からない、それを第一の目標にできないが、十年後に何かになるのかもしれないし、全くの徒労に終わるかもしれない。

それでも、それをやらなかったら何のために生きているのか分からない。

ただし、今の段階では「時間がない」は言い訳でしかない。

人に迷惑をかけない範囲で、できる限りはやっていこうと思います。

・ライターとして活動できる場を探し、あるいは自分で作って活動すること。

・前につくった、意味の無い文章を書くブログ「やさしいサイト」をより充実させること。

これを「やってもいい」と自分に思わせるのが何より大事かと思っています。

つい、「明日も仕事だから早く眠らないと」とか「朝早く起きたけどやることあるから会社にいかないと」とか、

理由を付けてこれらに取りかかることを禁じてしまいますが、思い切って、やってもいいんだと思います。

なので、少し前に作って細々と運営していた、

誰も求めていない、誰も読まないような文章を書くサイトももう少し頻度を上げて更新していこうと思います。

やさしいサイト

孤独について

ひとりで生きられないという自覚はあるものの、ひとりでいるしかないのだからどうしようという悩みが巨大化し、自分の価値の無さを日々、自ら責め立てる、という謎の思考回路が出来上がって疲弊していました。

しかし、年末に目が覚める出来事がありました。

既婚者の友達に「あなたの場合、まずは出会うところから始めないとね。」と上から目線で言われ、猛烈な違和感を覚え、反論したい衝動にかられたのです。

これは一体何だろう、と考えるうち、口では「既婚者がうらやましい」とか、「結婚できるかどうかで幸せかどうかが決まる」なんて言っていても、実際は全くそんなこと思ってなかったことに気づきました。

まずは自分が満足をする生き方をして、その先に誰も待っていないのだったらひとりでいるしかない。そうだったらそれで諦める他無いのだと思います。誰かいたらいいなーという希望はちょっとだけ持っておこうと思います。

それはつまりどういうことかというと、小さな頃から親しんで来たおとぎ話や少女漫画、女性誌の”モテ”や”愛され”への信仰を捨てるようなものです。それらの言う通りに自分を型にはめていけばひとりでいる必要はなくなるのですが、一年も持たないことは経験上知っていますし、そもそもそれを追い求める人生は楽しいのだろうか、と思うと、ずんと気が重くなります。

そんな訳で、まずは形から。

モテからほど遠い髪型にしようと、パッツン短め前髪のボブにすべく美容院に行ったのですが、切り終わったあと美容師さんの衝撃の一言が。

「今年はこれから短め前髪が流行るから、先取りですね!」

そして、見せられたのはSEDAの表紙の木村カエラ、まさに流行の最先端、周りの男友達がみんな大好きなカエラちゃんです。

負けた。

モテない髪型にするはずが、”モテるためにカエラのまねをしたブス”かのようになっている・・・。

なぜなんでしょうか。

ファッション誌を読んでいないにもかかわらず、髪型を思い切って変えようとすると、既にその髪型はモデルがちょっと前にやっていて、その数ヶ月後に流行りだします。前にベリーショートにしたときもそうでした・・・。なにか、世の中の気分のようなものと関係があるのでしょうか・・・。

まあ、見た目は残念な結果に終わりましたが、誰かにすがりつくことを考えるよりも、自分が満足することを毎日やって好きな自分に近づきつつ、その先に誰かいたらいいな、という淡い期待を捨てずに生きていこうと思います・・・。

仕事と孤独について書きましたが、

つまり、自分の満足するように、やりたいことをしっかりやる、ということですね。

そうはいってもきっとすぐに忘れるので、迷ったり悩んだりしたらこれを読んで思い出そうと思います。

みなさんにとっても、今年が実り多い一年でありますように。

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