受け身Life

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「何かできそうな雰囲気なのに、何もしてないですね」

鋭い言葉を投げかけられて、何も言い返せませんでした。

確かに、私は何もしていません。

最後に何かしていたのは、大学のときにダンスのような、演劇のような、

謎の舞台活動をしていたときでしょうか・・・。

仕事をしていると何かしているような気になってしまうけれど、

たいしたことはしていない。

事業を立ち上げたり、バイトなどしながら音楽活動をしている友達と比べたら、

全く何もしていない。

毎日深夜まで働いていても、土日も犠牲にして仕事をしていても、

結局何もしていない。

つまり、自分で何も創っていないということが問題なのです。

・・・というのと同じようなことを、

ちょうど、(尊敬)している方が、webに書いていらっしゃいました。

トークのイチロー就活日誌:『To magazine』を買え!

何かをやりたいといいながらも、何もしないのは、

勝手にできない理由をあげて自分を縛っているせい。

その通りだと思います。

私の場合、何が障害になっているのかというと、

「幸せになりたい」という気持ちでしょう。

えっと、ぶっちゃけて正直に言うと、

「モテたい」という邪な気持ちでしょう・・・。

モテたい。

アクアガールとかを着て、まつげ長くなるやつやって、

ジェルネイルとかやって、合コンやってモテたい。

そして彼氏をつくり、西荻で同棲の後、30までに結婚。

32までに子供を産んで育てたい・・・。

毎月苦しんでいる生理だけど、子を生んで報われた感じにしたい。

親や親戚の心配を解消し、喜ばれたい。

太古の昔から脈々と続いて来た遺伝子をここで途切れさせたくない。

未来へのバトンを、生命の奇跡を、この連なりを、

モテないというしょうもない理由で途切れさせること無く、未来につなげたい・・・。

ちょっと切実すぎちゃいましたが、

つまり、そういうことです。

だけどこれ、叶わなそうです。

心の奥底、本音のところでは、本当にこれを求めてはいないようです。

「幸せ」になるためには、好きなものから目をそらして、

周りと同じように振る舞うことが必要です。

まるで自分がニンゲンのフリをしているエイリアンみたいに、

好きと言っていいもの、言ってはいけないもの

身につけていいもの、いけないもの

やめなければならないことを神経を尖らせて感じ取って、

自分を補正していかなければなりません。

「幸せをつかみ取るための○つの決まり」

「結婚できた女だけが知っている、○つの掟」

そんな女性誌やwebの記事を読みあさり、

身につけていかなければいけません。

たしかに、そうしていれば恋人をつくるのは簡単です。

決して私のことを理解してくれないけど、

それでも優しくていい人と付き合うことはできるでしょう。

私のような不細工でも、「普通」という鎧をまとえば、すんなりとうまく行くんです。

それで。

頑張ったけど、無理でした。

結局、それは一番大切なことではないし、

自分を縛るものでしかないということに気づきました。

だから、「幸せ」は諦めることとしましょうか。

残念ですが、正しさに背を向けて、

間違った人生にするのが一番良さそうです。

今の仕事になって、

全速力であふれる仕事をこなすうちに終電に乗れたり乗れなかったりするという日々を送ると、

今まで大切で、どれも捨てられないと思っていたものが、容赦なくそぎ落とされていきます。

そんな中で、自然と、自分が大切にしているモノが見えてきました。

「映画好き」を公言していましたが、あまり映画、みられません。

言葉を使った仕事を、と思ってはいますが、小説が最後までよめません。

フルートは、気合い入れてどうにかやっていますが、二週間に一回くらいしか吹けません。

結局残ったのは、

紙とペン

これだけでした。

物語が見たい。

幼い頃、食卓の肉や魚、野菜が生まれてから死んで切り刻まれて皿にのるまでの

物語を想像するのが好きだった、それと同じようなことを真っ白な紙に書いていくこと。

ライブやクラブが好きで、

爆音の中に溶けるような感覚を味わうとき、

これをどうすれば言葉にできるかを考えるのが何より好き。

映画が見られなくても、小説が読めなくても、

紙とペンがあれば、物語は無限。

なにかしくじって刑務所に入っても、

ホームレスになってもどっかで紙とペンは拾えるだろうし、

そういう、極限状態でもOKってのが気に入ってる。

そんな訳で、紙とペンだけは手放さずに、

わびしくても年を重ねていこうと思うこのごろです。

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