女たちよ、クセ出していこう

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ブログやSNSというのは、偏見や思い込みに満ちた個人的な思いを、そのまま世の中に出せる、というモノなので

そういった場での人の発言を批判したり、炎上させるのはフェアじゃない気がしています。

何かいいたければ、自分のブログなり、自分のアカウントで、しっかりと整理して発言すればいいので。

それでも最近、私自身もちょっと「あれ?」と思ったし、

他の女性たちがその1000倍くらい怒っている、というネット上の炎上事件がありました。

大きなものと、実際は炎上していないかもしれないけれど、私にとっては気づきのあった、身近な小さなものと。

どちらも、書き手の男性が「女性」に対して偏見というか、一部の「女性」にだけ当てはまるようなことを「女性はこうだから〜」と一般論にして語ってしまったことで、その枠から漏れている女性たちが怒り狂った、ということです。

そこらの男性がそういう発言をしたところで何でも無いですが、その発言をした男性が、そういった「女性」の枠にはまれないような女たちから「この人は分かってくれる」と、どこかで期待させてしまう方だったからこそ、問題になってしまったのだろうと思います。

そして、その根本にあるのは、その「女性」の枠に入らずに、それでも女として生きることがいかに大変か、という問題があり、その大変さを分かってくれる、と思っていた男性にも、結局、自分たちのことは全く見えていなかった、という事実が明らかになったことへの、絶望があるのでしょう。

いい機会なんで、この問題には向き合うべきじゃないかな、と思います。

わたしも明らかに、「女性」の枠に入れなかった方なので。

彼らには、全くもって私たち、枠に入れない女どもを批判する気持ちは無くて、

ただ単に「見えてなかった」というのが正直なところでしょう。

これは男女を入れ替えても成り立つことかもしれませんが、

男性が存在を認識できる女性というのは、「幸せな女性」だけです。

つまり、誰かに大事に想われていたり、なんというか、男性から「生きてていいぞ」と認め印をもらえているような人です。具体的には、男性の視界に入るのは、自分の嫁か彼女もしくはその候補と、友達のそれと、アイドル、女優、AV女優くらいのものです。

彼らから見た「女」のイメージの枠内に収まることができなければ、

わたしたちの存在は男性には認識されません。存在がそのものが、無いものと同じです。

そんな女性が生き抜く方法は二つしかない。

その事実に気づかずに、あるいは諦めて透明人間のまま一生を終えるか、それができないのであれば、何かに秀でてステージに立つしかない。

人から見えない場所にいる限り、透明人間でいるしかない。演劇やライブ、ダンスでも、あるいは教壇、表彰台、テレビやラジオでも何でもいいけど、見ざるを得ないところにさらされることでしか、存在できない。

だから、最近気づいたんです。

20代前半までは、「クセが強すぎる女は結婚できない」という、誰が言い出したのか分からない言葉を真に受け、自分は絶対そうなってはたまるか、絶対、普通の、個性がなるべく無い女として、平坦な感じで幸せをつかみ取るぞ、と意気込んでいたのですが、そういうことではなかったようです。

アラサーになり、結婚できないということが生きづらさに影響してくるようになると、ものすごく個性的になるしか、積極的に生きやすさを手に入れる方法が無いんですよ。

年をとっても結婚できない女がもともとクセが強いというよりも、クセを強くするというのが、彼女たちなりの生存戦略なのではないでしょうか。ひとりでいなければならない以上、そうしなければ、生き残っていられない。結婚できなかった以上、腹をくくるしかないってな感じで。

なんとなく、そんなもんが見え始めてしまい、「無個性な私よろしく♡」とも言ってられない年になって来てしまった私も、もうそろそろ、個性爆発な年取った独身女性になるべく、準備を始めなければいけないのでは、という気にさせられます・・・。

そんな私、いよいよ来てしまったこの3月をもって、

ついに、27歳になってしまいます・・・。

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