Jun 2, 2013

齋藤陽道写真展「せかいさがし」@青山ゼロセンター


いつも頭上3cmくらいに小さく浮かんで、

凝り固まった狭いところから、狭い世界を見ていたようです。

それが、スッと体のなかに落ちて来たような、

作品も、会場も、その場にいた人々もあってこその感覚でした。

©Harumichi Saito

ここしばらく、忙しいというか、

平日の忙しさに心身ともにすり減り、

土日に出かけることもほとんどなく、

ましてやブログの更新などしようとも思えない状況でしたが、

やっと重い腰を上げました。

重い腰すぎて、この展示は今日が最終日でした。

つまり、この記事を読んでくれて、「行きたい!」と思っても

もうやっていないという・・・。

ダメブログですみません。

会場は青山のゼロセンター。外苑前のワタリウム美術館のすぐ近くです。

坂口恭平さんの活動は気になっていたので、

ずっと行ってみたいと思いながらも初めて訪れました。

古い一軒家で、

空気が気持ちよく通り過ぎる場所でした。

今日の天気と、空間の心地よさも相まって、

ゆったりと作品を見て回りました。

壁や、押し入れの中、戸棚の中、

この場所ならではの展示、

一軒家に次々と人が入って来て

見て回る様子もなんだか面白く、

気恥ずかしいような気分でした。

見て回るうちに、

自分はいつの間にせかいが見えなくなってしまっていたのだろう、という驚きがありました。

オートバイのタンクのキラキラした塗装は、

子供の頃の私にも宇宙に見えていたはずです。

毎日あたまばっかりつかって、すこし無理をして働く中で

いつの間にか視点は頭上3cmくらいのところで小さく凝り固まり、

限られた、せまい部分しか見えなくなり、

目の前のせかいが見えていなかったのだな、と思いました。

少女が笑っている口の中に

溶けかけた琥珀色の飴がひかっている作品を見たときに、

その、浮かんでいた小さな視点が、

すっと体の中におりて来て、しみ込んでいくようでした。

小さな希望にすがってみないようにしていた

自分のくだらなさや惨めさ、

それと同時に

自分が手にしているものや身近な人の素晴らしさ、

人と比べたらたいしたことがないけれど、

これから先の小さな希望などが

ありのまま輝いて見えるような気になって、

ほう、と体から力が抜けるようでした。

子供のときには、そこかしこに宇宙が見えていたことを

完全に思い出すことはできないけれど、

思いを馳せることができました。

明日からまた、ちゃんと過ごしていこう、と思います。

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