みんな誰かの生まれ変わり 大林宣彦監督『野のなななのか』@目黒シネマ

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久しぶりに、土日にひとりで出かけて映画を観ました。

人と住み始めて約2ヶ月。

なかなかひとりで出かけることがなくて、平日深夜まで働くのが普通になっているため、ずっと仕事をしているか、人といっしょにいるか、というかんじでした。

それはそれで、望んでいたことなのでいいのですが、それでも、長年ひとりでフラフラするのがクセになっていたのもあって、やっぱりひとりで出かけられる、というのはうれしいものです。

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大林宣彦監督の映画『野のなななのか』という映画です。

近年の作品については、過去に書いているので、よろしければ。

この辺りを読んでいただければ、「とにかくぶっ飛んでいる」「圧倒される」という、大林映画ならではの映画体験にはすこし想像がつくかと思いますが、今回の作品でも、やっぱり膨大な情報量に圧倒され、客席にいる自分自身を見失って分けも分からず号泣している、という状態でした。大林映画だと、嗚咽するのでちょっと恥ずかしいです。笑。

バタバタしていたのもあるけれど、大林監督の映画はどういうわけか公開を逃してしまうことが多く、今回もうっかり都内上映を逃してしまうところでした。

たまたま目黒シネマでやっていたので、訪ねてみました。

大林映画は自主配給なので、シネコン映画と違って不規則に、でたらめにいろいろな映画館でかかるので、上映スケジュールを見ながら、観たい気分と、スケジュールと、上映館のタイミングが合うときを待って観るという感じです。これもまた楽しい。

上映館情報

「なななのか」について

劇場につくなり「野の花なのかを観たいのですが」と映画館の方に言ってしまい、映画が始まってから間違いに気付いて恥ずかしくなりました。最後まで映画をみると、もしかしたら、監督に「野の花なのか」といっても「正解!!」と言ってくれそうな気がしたけれど、一応間違いで、正確には「野のなななのか」です。

「なななのか」というのは、7×7日、つまり四十九日のことです。

映画の中でしっかりと説明されるのですが、なるほど、と思うと同時に、自分にとって身近な「なななのか」に思いをはせました。

物心ついてからずっと横浜〜東京で暮らしてきましたが、昨年、福岡県の田舎の方の祖父母の7回忌を終えました。祖父の死、同時期の祖母の入院そして死、母の闘病から回復、と、死について、親戚のつながりについて、考えずにはいられない出来事が起こってからの7回忌だったので、全然分からない映画だけれども、少しは分かったようなきになったりしました。

「シネマ・ゲルニカ」に託されたもの

戦争はやめよう」という言葉が、本当に「伝わる」というのはどういうことだろう。

ピカソは「ゲルニカ」という絵画にその思いを込めて、この画を通じて伝えました。

「本当に言いたいことは、そのまま言っても伝わらない。」だから、映画という手法をとるのだ、というのが大林監督の考えで、この「野のなななのか」と、前作の「この空の花」の二作品を、監督は「シネマ・ゲルニカ」と読んでいるようです。

前作でも戦争への言及は多く、「私たち、戦争なんて関係ないのに」というところから、土地を通じて災害、戦争での人々の思いに入って行く、というストーリーでした。同じ土地に、違う時代の、違う災難に会った人たちが同時に存在する花火と演劇の場面で、土地の力、土地に染み付いた人々の力を表していました。

それに対し、今回の「野のなななのか」は、”生まれ変わり”がテーマです。そして、血のつながりも重大なテーマとして描かれます。私たちに流れる血は、先祖代々つながっている。そして、”みんな誰かの生まれ変わり”と考えたときに、劇中に登場する少女のように、「わたしはだあれ?だれだろね?」となります。

つまりこれは、私たちのうちに流れる血の中に、そして意識の中に、「戦争」は存在するのだ、ということなのではないだろうか。

この映画では、第二次世界大戦が「青春」であったおじいさんの死と、その孫たちが中心になっていて、間の親世代はあまり登場しない。つまり、戦争を代々語り継ぐ、ということが早くも途絶えてしまっている、その断絶を描いている。それでも、孫たちの内側に「戦争」を立ち上がらせて、さらに生まれ変わりにも言及する。

語り継ごうが、やめようが、戦争は存在している。

それを見せつけられるようでした。

ちなみに「わたしはだあれ?」の少女は、生まれるときに母を亡くしている。これも、親子口伝えの物語が断絶している、ということなんだろう。断絶していようが、問い続けることはできるのだ。

映画としての感想

壮大なことばかり書いて来ましたが、今回は、わりとストーリーがしっかりあって、入りやすい映画ではありました。相変わらず情報量は多いのですが、前作ほどではないので、なんとかついて行けます。

ただ、その分、前作みたいな圧倒的なものは感じず、すこしひいたところから観ていた感じでした。しみじみと観おえて、まっすぐに家に帰ることができました。

前作だったら、ヒートアップした頭を整理する十分な時間が必要だったのですが、これは大丈夫です。

また気になった言葉をいくつか。

  • いつも寂しい。生きるということは、その寂しさと寂しさと向き合っていくこと。きちんと向き合えば、寂しくはない。
  • 力強く「寂しい!!」って言われると、慣れた言葉でも響きました。

  • 「放っておかないで。」
  • 福島からの手紙。この一言の衝撃はすごかった。「忘れないで」とは違う、人を動かす力のある言葉。

  • 中原中也「ヤギの歌」
  • 強い強い言葉。この映画のエンジンのような詩。

    https://www.youtube.com/watch?v=NDZ6bqC-NmY

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