サラリーマンのモチベーションは”給料”?

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お給料をいただいて働く、ということを、途切れること無く続けて早6年になろうかというところです。

途中転職はありましたが、新卒で働き始めてから、ずっと正社員として働き続けています。

社会人5年めも終わりに差し掛かってくると、

お給料についての考え方、プロジェクトに関わるお金についての考え方が大分変わってきたように思います。

給料やボーナスを愚痴りたくなったら・・・

「給料がもっと高ければなぁ」「ボーナスが少なかった~」と、愚痴りたくなることは確かにありますが、そういう時は別のことに注意したほうがいいのでは、と最近思います。

例えば、美味しいレストランを紹介するサイトを作りたい、という場合、報酬が無くても書きたいという人はごまんといるでしょう。そのサイトが魅力的であればあるほど、そういう人は多いものです。一方で、食料品会社が自分たちの商品を広めたいので、褒める記事を書いてほしい、という場合。その場合は報酬を支払って依頼する必要があるでしょう。食品会社が自社の商品を使ったレシピ開発をしてもらう、というキャンペーンはよく行われますが、たいてい、レシピを投稿する一般人にはプレゼントを渡し、選考委員には有名な料理研究家などをアサインして報酬を支払っています。

すごく単純な言い方をすれば、対価をもらわなくてもやりたい、というものと、対価をもらわないとできない、というものがあるわけです。

サラリーマンでいる以上、会社に利益を残さなければなりません。そうなると、「対価をもらわないとできないこと」が割合としてどうしても多くなってきます。冒頭の「給料やボーナスを愚痴りたい時」というのは、つまり仕事が「対価をもらわないとできないこと」であり、自分の働きに対して「対価が見合っていない」と感じている状態だということです。

つまり、「その仕事、本当はやりたくないんじゃない?」っていうことですね。

これは非常によろしくない状態です。愚痴っている場合ではなく、仕事を楽しくするための動きをしていかないと、働き続けるのがどんどん苦痛になっていってしまいます。社内メンバーと仲良くなって遊びに行くなり、自分がやりたい仕事に、今の仕事を力技で変えていくなり、思い切って転職を考えるなり、行動していかないと行けない状態です。

サラリーマンがつまらないのではない

学生時代、「会社勤めになったら、ツマラナイおとなになってしまう」という発想がありました。

就職活動にあまり前向きになれなかったことの根底にもこの考えがあった気がするし、文学部だったこともあり、周りにもこういう考えの人は多かったようです。なぜか、小説家やバンドマン、俳優などは輝いている生き方で、サラリーマンは負け、みたいな発想をしがちですよね。

今になってみると、「職業に貴賎なし」が身にしみてわかります。

毎月の給料だけがモチベーションになってしまうのは確かにツマラナイかもしれない。

でも、仕事というのは、自分の能力を価値に還元することです。

音楽で多くの人を感激させられるのであれば、音楽家であるし、チームをまとめる事ができるのであれば、会社内のリーダー的な役割がいいのかもしれない。

サラリーマンをやりながら、ヨガの指導者の勉強も進めていくうちに、最近はこんな考え方になってきました。

ヨガを仕事にしている人はたくさんいるけど、今はまだ、私はその段階にないし、特に望んでいないかもしれない。

ヨガの対価は必ずしもお金じゃなくてもいいと思っているので。

ただ、お金を払って学んだことを、自分の中だけで完結させているのは、私のヨガを学ぶサイクル自体が止まってしまうような感じがするので、取り急ぎ、こうやって学びをシェアするという動きになっています。

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