Apr 5, 2015

ハードワークの功罪、空白を手に入れる方法


新卒でWEB業界のベンチャー企業に入り、なぜか、私は仕事ができる、何かを成す人間だ、と思いながら、がむしゃらに働いていました。

平日は仕事以外何もできなくて当たり前、土日もたまに仕事をして、それ以外は仕事につながる勉強をしたり、人脈を作る日々。

PR会社に転職してから、仕事はもっとハードになり、とにかく動ける時間はすべて有意義なことに使おうと必死でした。

 

つい数年前までそんな生活を続けていましたが、社会人7年目となった最近、仕事への取り組み方が変わってきました。

 

その理由の一つは、結婚したことです。

自分よりも早く家に帰って来て、遅くとも23時には眠り、早朝から起きだす家族ができたことで、それまでの、出社ギリギリまで眠ってなんとか会社に到着してガリガリ仕事をし、ベッドに倒れ込むまで体力をすべて仕事に使う、という生活リズムがとりにくくなったというのがあります。

もう一つの理由は、ヨガを実践していることで、自分の身体や心の声に敏感になって来て、自分の限界が見えるようになったことです。

あ、そろそろ休憩した方がいいな、だとか、これ以上は無理そうだな、このストレスはこれ以上続くときつそうだな、という判断がつくようになったのですが、身体や心は、いつも健康に、より長く安定していられることを望むようで、よっぽどそうしなければならない理由がないかぎり、無理やり仕事を詰め込むことは、極力やりたくないようです。

 

これまでは、ハードワークで働くことだけが自分の選択肢だと思っていたのが、別の視点を持てるようになって来たことで、仕事についてひろい視点から見直すことができるようになってきました。

最近、ちょうど得にハードな仕事が終わって燃え尽きていたので、この本を読んでいました。

 

 

私と10も年が変わらない僧侶の小池龍之介さんが、仏教の教えをベースに、平易な言葉で、うまく生きていくコツのようなものを説いている本です。

この本の中では、繰り返し「思考病」を克服すると生きやすくなるということを説明し、そして「思考病」の克服のためのトレーニングについての解説があります。

気付くと、自分にとってストレスになるようなこと、嫌なことばかりを繰り返し思考していることがありますが、これは、脳が常に「刺激」を求めており、その刺激が自分にストレスになるなど、長期的には害になるものだとしても、脳はおかまい無しにとにかく「刺激」による快楽を求めているからだ、ということが述べられています。

 

これはヨガにも通じることで、ヨガの目的は「心を止滅させること」なので、つまり湖の水面のように波でゆらゆらしている心というのを静かな状態にして、その奥底にある自分の心を研究しよう、というものなのですが、つまり、私たちが普通に生活をしていて日々思考することというのは、自分自身ではないんです。思考は自分が行うものではあるけれども、その思考にばかり気を取られていると、本体の自分を見落としてしまいます。

 

 

この本を読み、日々実践する中で、

ハードワークをするときに、それが「人のため」だと思って、周りの誰かが喜んでくれたり、ほめられることにやりがいを感じているというのはちょっと危険では、ということに気付きました。

自分が我慢することで誰かが喜ぶから我慢しよう、というのは、短期的な快楽(人にほめられる、やり切った達成感、など)をむさぼっているだけです。本当に自分の身になっているか、だとか、本当に誰かに喜ばれているか、というのをしっかり見極めないと、人生の限られた時間を無為にしてしまうかもしれません。

 

なんて、意外とハードワークが向いていない、と気付いたハードワーカー7年目のヨギOLは迷っています。

Posted in 日記2 Comments » 

関連記事

コメント2件

 こばやひ | 2015.04.30 23:14

先ほどヨガレッスンをしてもらって帰りの電車でブログ読んでました!
小池龍之介さんの本、私も何年か前に読んでから、物事や人の見方が少し変わりました。
そうはいっても、意識していないと、刺激の方向に向かってしまうので、鍛錬にはなかなか時間がかかるなぁーとつくづく思います。
一年間ガリガリ仕事してきましたが、これからはもう少し自分や周りと向き合いながら働きたいなぁと改めて感じたのでコメントさせていただきました!照

 minamaux | 2015.07.29 13:45

こばやひ様、はてなブログを使いこなせておらず、長らくお返事していなくて失礼しました!小池さんの本、染みますよね。
コメントありがとうございます。また目に触れることができれば光栄です。

Comment





Comment