自由のために、課すこと

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ダラダラするのが好きという気持ちはどこかに持ったままですが、

ダラダラすると後で後悔するということ、結果自分が嫌な思いをするということも、やっと学んできました。

 

快楽を貪ることは怠惰に繋がり、それは巡り巡って自分を苦しめます。

だから、快適な自由のためには、規律が必要なんだと思います。

 

「本当の自由は、自分で自分をコントロールすること。なんでもありでわがまま放題といのは、怠惰の奴隷になるということで、自由とは逆のことだ。」と、去年の手帳に走り書きがありました。

 

インドに旅行に行った時に思ったことをたまたまメモしていたのだと思いますが、アーユルヴェーダやヨーガの勉強をしていくと、同じような言葉にたくさん出会います。

 

年末に読んでいた、蓮村誠先生の『朝は「毒出し」からはじめなさい』にも、そのようなことが書いてありました。

快適と快楽はまったく違うものです。快適さは快適さを産みますが、度を超した快楽は怠惰にしかなりません。

ということで、なかなか忙しい、ある程度自分で時間を絞り出さないとできないような”朝の毒出し習慣”を紹介している本です。平易な言葉で、分かりやすく、取り入れやすくアーユルヴェーダを紹介しています。

 

 

日々はやるべきことで満ちています。

家を見渡せば掃除すべき箇所はたくさんあるし、今のうちに作っておきたい常備菜、洗っておきたい洗濯物も、放置したままのコップもあります。家事は、やってもやっても終わることはありません。生きている限り。(死んでも、誰かが墓を手入れしてくれないと…。物質として存在してしまった以上、避けられないことですね。)

 

会社に行けば鳴り止まない電話、常に未読メールは2桁たまり、LINEでもFacebookでも仕事とプライベートの連絡がまぜこぜになって大量に届きます。早く対応してください、いつごろできますか、という仕事の催促の連絡もひっきりなしです。

SNSを一度開けば大量の情報に晒され、それをいちいち相手にしていたらあっという間に日が暮れます。

 

そんな日々に身を浸していると、ついつい目の前のことをこなしているだけで日々が過ぎ去ってしまいます。

 

2016年、私は30歳になります。

昨年は、30代に向けた土台作りの1年でした。ヨーガの実践を本格的に生活に取り入れたり、結婚をして生活上のあれこれも精神面でも支え合える相手を得て、足元がしっかりと安定してきました。

 

今年は”若者のラストスパート”に向けて走りだそうと思うので、目先のことでなく、10年後、20年後を見据えて今やりたいことをやります。

 

刹那的な欲求に振り回されるのではなく、長期的に自分にとって身になることをやること。

静寂とともに、キリッとした適度な緊張感を持って日々を過ごして行けるような規律を整えていくこと。

 

そんなようなことをしていきたいと思います。

 

「仕事が忙しいから」という言い訳をやめて、忙しさに甘んじることなく、ちゃんとやるべきことをやる。

「あの人は恵まれているから」という言い訳をやめて、自分の足元をちゃんと観て、自分の理想もちゃんと見据えて、「じゃあどうやって向かおうか」を具体的に組み立てることをやる。そして、目をそらさずに、一歩一歩進んでいこうと思います。

 

  • ヨーガの練習をより濃く、より深く、より楽しく継続する。
  • 真面目であること、継続的な努力ができることを恥じない。発揮する。
  • 自分のやるべきことだ、と心底思うことで、少しでもお金を稼いでみる。
  • 日々の練習時間、読書の時間、文章を書く時間、そして余白の時間を確保する。
  • WEBコンテンツのテキストの編集、校正を極める。
  • ファンタジーや文学をたっぷり読む。クラシック音楽を再度掘り返す。

 

過去に置いてきたものを拾いに行く方向と、見えない未来に進む方向と、どちらもあります。意外だったのは、そういえばかつて好きだったけど、すっかり忘れていたものに、また心惹かれるようになっているということです。

20代にたくさんたくさん吸収したことで埋もれてしまったものをもう一度掘り返し、20代で得た知恵と能力を活用しながら発展させていくようなイメージです。

 

日常生活から自分を切り離す規律について、そして日々の暮らしのシステムから新しいものを創造していくということについては、作家の村上春樹先生が実践されていることでもあります。そして、幼い頃から芸術家に憧れ、それでいながら真面目でちゃんとしてしまった私にとって、「作家には調和の取れた強靭な肉体が必要」と言い切っていて、それを実践されているところが、なんとも頼もしいです。

 

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